31 核体と附体
31-1 核体と附体の定義
どのような存在でも、位置を定めて、対象を求めようとする。何故なら、対象が定まれば、授受することによって、原力を得ながら存続することができ、対象と一つになることができるからである。
また、どのような存在にも、中心的存在に対して、相対的存在になろうとする性質がある。そして、対象となれば、中心的存在と一つになることのできる授受を始めるようになる。こうして、原力を得ながら、対象目的を果たそうとするのである。
全ての存在は、原力作用によって、様々なところから原力を得ている。つまり、目的に応じて、様々な存在と授受しているのである。この原力作用は、物質においては物理作用、人においては意識作用(心の作用)として現れる。
対象目的を完成させるためには、どのような存在であっても、まず、それぞれの位置を定めなければならない。つまり、ある中心的存在に対して、相対位置を取り、受動的立場に立つのである。互いが同時に能動的立場、或いは受動的立場に立とうとすれば、対象目的を完成させることはできない。ここで私は、能動的存在を核体、受動的存在を
31-2 全ての存在に核体と附体の性質が含まれている
全ての存在は、それぞれの目的を果たすために、核体と附体の性質を併せ持っている。そうでなければ、この被造世界に存在することはできない。この核体と附体の性質があってこそ、存在する価値が生まれ、繁殖することができるのであり、理想を展開することができるのである。もし、ある存在が、核体や附体として作用することができなくなれば、その存在の核体や附体は、その存在から徐々に離れていくようになる。
地上であるか、宇宙であるかにかかわらず、全ての存在は、原力作用を持っている。つまり、中心的存在に対して対象位置を定め、授受することで原力を得ている。もし、存在物の中に、対象位置を定めず、単独で存在しているようなものがあったとしても、それ自体の中に、対象となるものを持っていれば、存続することができるようになっているのである。
神様の天地創造は、ご自身の性質と形態を展開されたものであるため、全ての存在に、その性質と形態が現れている。また、全ての存在は、核体にも附体にもなることができるため、二つの存在があれば、片方は核体となり、もう片方は附体となって、互いに一つになろうとする。ここで、核体となった存在を見れば、やはり、その中には、核体の性質だけではなく、附体の性質も含まれているのである。
例えば、原子には様々な種類があり、それらは皆異なるが、各原子の中には、一様に、核体や附体の性質が含まれている。どちらの性質なのか決まっていないのは、作用の仕方などによって、原子に現れる性質が異なるためである。
現代の科学では、原子の基本構造が明らかにされている。原子核自体はプラスであるが、その周囲を回る電子はマイナスである。つまり、原子の中に、プラスとマイナスが内包されている。このように、原子核と電子は、それぞれ核体、附体として、授受することのできる形態を取っている。これは、他の電気作用についても言えることである。
また、動物や植物の細胞も、やはり、それ自体の中に、核体と附体を持っている。そのような細胞の一つ一つが、それぞれ核体、或いは附体として作用するのである。
このように、全ての存在は、核体と附体の性質を兼ね備え、核体としてのみ、或いは附体としてのみ存在しているのではない。それゆえ、原子も、その内部に核体と附体、即ち、原子核と電子を持っているのであり、それらが授受することによって、自体内で原力を得ているため、単体でも存続することができるのである。また、原子は、その種類によって、自体内で原力を生み出す授受の回路の数が異なるため、それぞれ異なった特性と形態を持っているのである。このような原子が結合することで、ある物質を形成するが、その内部では、必ず、ある原子が核体となり、他の原子が附体となることによって、作用しているのである。
ここで、太陽について考えてみよう。太陽も他の存在と同じように、自体内に核体と附体を持ち、それらが授受することによって、原力を得ている。つまり、太陽の中心が核体であり、その周囲が附体となっている。
太陽系においては、太陽が核体であり、惑星が附体である。この惑星も、太陽と同じように、自体内に核体と附体を持ち、それらが内部で作用している。
31-3 授受する距離は一様ではない
太陽からの距離が惑星ごとに異なるのは、次の理由からである。太陽は、全ての惑星の要素を持ち合わせた混合体のようになっている。しかし、惑星は、そうではなく、それぞれ元素の構成が異なっている。もちろん、同じ元素を持っているかも知れないが、多いものと少ないものが存在しているという意味である。つまり、各惑星は、特に多く持っている元素を主として、太陽と授受し、原力を得ている。このように、各惑星は、主とする元素がそれぞれ異なり、それによって太陽と授受する距離が異なるため、それぞれの軌道を描いているのである。
従って、太陽は、どの惑星にも同じように作用しているのではなく、惑星の構成要素により、異なる授受の回路をもって、作用しているのである。つまり、天体の原力は、同一ではないという結論になる。
天体には、附体となる要素が集まっている。それは、自体の原力作用によって、中心の核体が、附体を引き寄せているためである。その力が働いている限り、天体は、その状態を維持することができる。
また、地球の中心が、地球全体に対して、同じ力で作用しているのかと言えば、そうではない。地球に存在する様々な要素は、それぞれ異なった原力作用を受けている。それゆえ、太陽を中心とする原力作用によって、太陽から各惑星の距離が、それぞれ異なるように、地球自体の原力作用によって、地球内の各要素が、球形の層状となっているのである。
以上のように、対象となった存在は、外部による原力作用だけを持っているのではなく、それ自体の原力作用も持っている。つまり、そのような存在でなければ、対象になれないという結論になる。従って、惑星が、太陽から分離されてできた存在であるということは、根本的に有り得ない。何故なら、地球を見れば、それ自体が原力作用を持っているからである。
地球は、月との原力作用によって、その影響を受けている。それが、満潮と干潮である。では何故、空気は、その影響を受けていないのか。原力作用というものは、全体に対して、同じように作用していないのである。それを理解できれば、私の論じていることが分かると思う。科学者たちは、それを研究し、科学的に、その根本を明らかにする必要がある。
地球上には、多くのものが存在している。全ては、それぞれ原力作用を持っているが、その作用が現れない場合、即ち、移動を伴わない場合は、地球の原力作用よりも弱い力で作用しているということであり、磁石などによって移動を伴う場合は、地球の原力作用よりも強い力で作用しているということである。また、物体が構成されるのは、原力作用によって、多くの元素が結合するからである。
31-4 核体と附体の関係
ここで、人や動植物について考えてみよう。人や動物に血液があり、植物に体液があるのは、これらを通して、核体が附体に必要な要素を供給するためである。例えば、人が空腹感を覚えるのは、体内において、核体が附体に十分な要素を供給できていないとき、即ち、附体が完全対象となっていないときであり、このような場合には、不満や不安を感じ得るのである。それゆえ、食欲というものは、附体が核体に十分な要素を供給させるための神経作用、即ち、存在を維持するための神経作用なのである。こうして、十分な要素を得ることのできる状態であれば、その存在は成長し、繁殖することができるようになる。
また、人が、様々な味を感じることができるのは、元素によって、原力作用が異なるためである。このように、原力作用によって、対象目的を果たせるところでのみ、感覚などの作用を体感することができる。今後、科学者たちは、他の認知についても研究すべきである。
原力作用が完全であるためには、対象が完全でなければならない。自分の中において、対象存在となるのは、自分の肉身である。その肉身と自分の霊人との間で、原力作用が働いている。
自分の肉身で感じる感覚は、全て原力作用によるものである。つまり、外界存在との原力作用によって、その存在から受けた刺激が、感覚神経を通して脳に伝えられ、感覚として認識されるのである。また、この認識は、肉身の作用によって、心理的要素を持つ霊人に伝えられる。こうして、霊人(核体)と肉身(附体)が、完全に合致したとき、その認識は完全なものとなる。さらに、この認識は、霊人の作用によって、天宙全体に伝えられる。つまり、人は、天宙全体と一つになる方向へ作用する。こうして、その認識が、永遠に続くものとなっていくのである。
ある認識において、人の肉身(感覚)と心理(良心)が合致すれば、その認識は知識となる。さらに、この心理が附体として、心理核体(生心)に作用し、それらが一つになることによって、心理作用が成立すれば、その知識は、霊人を成長させるための刺激となる。それゆえ、人は、霊的な努力をすれば、認識することによって、霊人の成長を早めることができるのである。
人が理想を望むのは、核体である霊人と、附体である肉身が、一つになろうとするためである。心理核体(生心)は、心理、肉身、外界の全てに対して善を求め、また、霊人は、神様の附体となり得るため、人は、自然に、理想を求めるようになっている。ここに、知覚や直感などの原因がある。
心理核体と心理と感覚の関係
人は堕落し、霊人が未完成であるため、その霊人を成長させなければならないが、それを支援することは、知識によっても可能である。何故なら、霊人の対象となり得る知識は、霊人に刺激を与え、心理作用を十分に働かせることができるからである。
人は誰でも、外界と心理を認識することができる。この心理は、心理核体の附体であるため、心理が心理核体の完全対象となれば、霊人と通じるようになる。このようになった者は、心理核体と心理が、全く異なる格であることを感じながら、霊人と授受(交信)することができるようになる。そのため、直感として、霊人から様々な知識が伝えられてくることを感じるのである。このようになれば、自分の要求に対して、霊人が答えるということを体験することができる。こうして、自分が、物質界から霊界まで作用することのできる存在であることを知るようになる。創造世界で見られる、このような作用の全ては、対象に対する基本的な創造原理によるものである。
以上のように、人の心理核体は、神様に対しては附体であり、心理に対しては核体となっている。心理は、心理核体に対して附体であり、肉身に対しては核体となっている。肉身は、心理に対して附体であり、外界の存在に対しては核体となっている。外界の存在は、肉身に対して附体である。このように、全ての存在は、切っても切れない関係にある。つまり、我々も、そのような存在なのである。
また、人の肉身は、霊人との境界を定めることができず、外界の存在とも境界を定めることができない。さらに、霊人は、天宙につながっている。このように、人は、全ての存在につながっているため、やはり貴い存在なのである。
以上のことから、原力作用は、物質界でも霊界でも作用しているということが分かる。附体が完全なものとなれば、対象目的を果たすために、完全な核体と一つになろうとする。それゆえ、完全な核体は、完全な附体を迎える準備ができているのである。こうして、完全な核体と完全な附体が一つになってこそ、完全な存在となり、その存在目的を完遂することができるようになる。これが創造原理となっているため、我々にとって、肉身を完成させることは、非常に重要なことである。また、世界の動きを見ても、対象目的を果たすために、核体と附体という関係の上で作用しているということが分かる。この原理が、全ての方面に適用されることによって、新しい発見や発明があることを望んでいる。
