28 原理世界について
28-1 原理世界となれば自由になる
神様は、原理の中心であるため、世界は、原理の完成に向かっていく。従って、原理側の存在は、必ず勝利するのである。このようにして、原理を完成させていく路程は真理である。それは、不変であり、永遠であり、唯一である。従って、全ての存在は、真理を求めていくことになる。
原理世界とは、どのような世界なのかと言えば、存在目的を果たすことのできる世界である。つまり、各存在が、全精力を尽くして、神様のみ旨に協力し、それぞれが自由に、その能力を発揮することのできる世界である。人は、そこで、個性を完成させ、理想的な自由と愛を享受することができる。
今までの非原理世界では、各存在が、その存在目的を果たすことができなかった。それは、非原理世界の主権者が、自由を拘束してきたからである。ところが、神様側でも同様に、み旨を遅延させたことに対する制裁として、自由を拘束してきたのである。しかし、非原理世界が原理世界となれば、人々は、このような拘束から解放され、理想を実現することができるようになる。まさに今が、そこに向かっている途中なのである。このような現象は、人類歴史上で初めてのことである。
28-2 原理世界における所有の概念
原理世界である円和世界は、実現されるべき世界である。また、その世界では、神様と全体が一つになるため、世界の全ては、神様のものであり、全体のものでもある。さらに、全体と自分が一つになれば、全体のものが、自分のものになる。最終的には、神様と全天宙の存在が一つになるため、全天宙の全てが、神様のものになり、人類の父母であるアダムとエバのものになり、人類のものになり、自分のものになる。このように、大から小に至るまで、全てに一致する結果となれば、原理が完成したと言えるのである。
28-3 原理世界は調和の世界
今後、原理世界の実現に向かいながら、世界の問題は、UNを中心として、解決しなければならない。このような中で、民族第一主義をとることは、原理として有り得ない。また、ある国家が、世界を支配することも有り得ない。世界の国々の存在目的は、互いに調和し、授受しながら、一つになることである。神様は、これを早く実現させるため、キリスト教国家に世界を任せたのである。従って、キリスト教国家は、そのみ旨を早く果たさなければならない。
世界の人々は、神様を中心として調和し、授受しながら、秩序を守って、それぞれの責任を果たさなければならない。そして、経済的な問題を解決するために、協力しながら、全体の幸福のために、尽力しなければならない。