23 神様を中心とする国家形態
23-1 イスラエル王国と民主主義国家
モーセを中心とするイスラエル民族のカナン復帰路程を手本として、イエスを中心とする摂理が始まった。それゆえ、神様は、キリスト教が発展するように、人類歴史を導いてこられたのである。
かつてイスラエル民族が、エジプトのパロから苦役を強いられていたように、初代教会時代においては、キリスト教信徒も、サタン側の勢力から迫害を受けていた。また、モーセを中心とするイスラエル民族が、カナンに向けて、荒野へと出発したように、イエスを中心とするキリスト教信徒も、荒野のような路程を出発することになった。こうして、キリスト教信徒は、世界各地に散らばり、
しかし、第一次世界大戦以降は、世界を救援するはずの復帰摂理が、むしろ後退し、情勢が悪化していくかのように見えた。そのような中で、神様側の国々は、み旨を成就するための基礎的な国家形態として、民主主義国家を形成していった。かつて、神様の目的は、イスラエル民族がカナンの地に入り、王国を築くことであったが、民主主義国家というのは、その目的を継承するための準備段階として形成されたのである。こうして、み旨の成就される時代が近くなってきたため、神様側では、サタンを屈服させ、み旨を成就するために、基礎的な準備を進めてきたのである。
23-2 米国の役割
民主主義時代というのは、イスラエル民族がカナンの地に入り、王国建設の準備をしていた士師時代と、それ以後の統一王国時代のような時代である。それゆえ、この民主主義時代に、サウル王、ダビデ王、ソロモン王の時のような時代が再現される。こうして、列王記の王国時代のような、再臨主を中心とする時代を迎えるのである。民主主義国家の代表国である米国は、天と地の仲介的立場を取るべき最も重要な国家である。このように、神様のみ旨を中心とする歴史の中にあって、み旨以外の思いや考えというのは、サタン側のものであるということを知らなければならない。
今この世界は、モーセを中心とするイスラエル民族が、カナンの地に至るまでの荒野40年のような、サタン分立期間の中にある。そのため、ここ40年間に、世界大戦があり、このように大きな
イスラエル民族のカナン復帰路程は、今後、理想世界を築くための手本となる。それは、次のような事である。モーセは、イスラエル民族と共にエジプトを出発したが、結局、モーセのみ旨を継承したヨシュアが、イスラエル民族を率いてカナンに入った。その後、イスラエル王国が築かれたのである。これと同様に、イエスは、ご自身の責任分担摂理を出発されたが、結局、イエスのみ旨を継承した再臨主が、そのみ旨を成就することによって、後に米国を中心として、理想世界が築かれるのである。従って、地上にイエスが再臨されることは、既に定まっていたのであり、終末には、み意通りの結果となるのである。ここで、今、我々が考えなければならないことは、この40年の復帰路程の中で、再臨主が既に生誕され、成長しているということである。
23-3 三権分立と党の原理的な意義
人は、神様のかたちに創造された。また、国家は、人と同様の形態を取って完成してこそ、人が活動することのできる基盤となる。それゆえ、今後、国家は、人の構造のような形態に向かっていかなければならない。
その国家形態というのは、モンテスキュー(1689~1755年)の提唱した三権分立である。その目的は、国家を人のような形態として、神様が直接主管できるようにするためである。従って、人に三つの器官があるように、国家にも三つの機関がなければならない。つまり、人の肺は立法機関、心臓は司法機関、胃は行政機関に該当する。この三つの機関によって、国家を維持することができるのである。このように、三権分立には、原理的な根拠がある。
その三権分立は実現されたが、神様は、それだけでは、地上を直接主管することができない。そのため、上記の三つの機関の他に、人の脳と神経のような党がなければならなかったのである。この党は、神様が直接主管することのできる時代となる前には、見られないものであった。しかし、こうして、脳と神経のような党が存在しているのは、既に神様が地上で直接主管することのできる時代となっていたからである。
このように、三権分立という制度や党という組織は、神様の摂理のために現れたのである。このような原理を知ることによって、神様が地上で摂理されているということが分かるようになる。
今まで神様は、キリスト教を通して、この世を主管することができなかった。それゆえ、神様が直接主管することのできる党が、キリスト教に代わって、大きな責任を持つことになる。つまり、地上の摂理においては、神様の直接主管を受けている党が、人の脳と神経のような役割を果たすようになるのである。
世界の信徒たちは、党によって一つになり、この世に対さなければならない。こうして、党は、人が成長するように発展していくのである。さらに、党は、三権の機関に通じるようにならなければならない。世界は今後、このような構造になっていくのである。これが始まれば、終末であり、サタンが屈服する時であり、神様を中心とする時代に向けて出発する時である。
神様のみ
神様は、完成した人のような形態を持つ国家を築き、地上天国を実現しようとされている。サタンは、それを真似て、先に共産主義国家を築いたのである。しかし、共産主義的な唯物史観は、それ自体の不完全さによって、結局、神様が存在するということの根拠となるため、サタンは、いずれ屈服するようになっている。従って、神様が望まれている通りに、キリスト教信徒は団結し、神様を中心として、サタン国家に対抗することのできる原理的な国家を築き、地上天国を完成させなければならない。その地上天国とは、堕落した痕跡の無い、本来の原理世界をいうのである。
世界の信徒たちの使命は、民族と国境を越えて、神様を中心とする世界的な党を立てることによって、サタンを屈服させることである。つまり、神様が、キリスト教信徒を立てられたのは、将来、世界において、脳や神経としての役割を遂行させるためである。もし、この役割を遂行できなければ、別のところに移行してでも、神様は必ず、この目的を完遂される。
我々は、非原理的な共産主義に対して、原理的な共生共義主義を立て、天の父母の対象となる円和世界を完成させなければならない。そして、真の父母を中心とする兄弟として、差別の無い、調和の取れた世界を築かなければならない。神様は、自由と平和の理想をもって摂理される。それは、人々を見ていても分かるのである。