22 原力作用の働き
22-1 被造物に働く様々な原力作用
全ての存在は、中心的存在に対して、対象の位置を定めてこそ、原理的な性質を持つことができる。こうして、中心的存在と授受し、原力を得ることができれば、互いに助け、また、助けられながら、存続することができるようになる。従って、太陽を中心とする全ての存在は、太陽と授受し、原力を得ながら存続しているのである。つまり、地球が太陽の周囲を回り続けることができるのは、太陽と授受して、原力を得ているからである。
しかし、太陽を中心として原力を得ている存在自体、例えば、地球自体も、太陽のような原力作用を持っている。それゆえ、地球は、自転を続けているのである。その目的は、地球自体が中心となって、人や万物を地上で存続できるようにするためである。それゆえ、地上の存在は、位置を定めて、地球の対象となることによって、地球を通して、太陽による原力を間接的に得ながら、存続することができる。つまり、地球が太陽を中心としているように、地上の存在は、地球を中心としているのである。従って、地上の存在には、太陽と地球、これら二つの中心があるということになる。
天宙の存在は、小から大に至るまで、全てを備えた存在のように独立しているが、それらは全て、原力によって一つにつながっている。また、小さな存在は、大きな存在を構成するための要素となっている。そのような中で、同じ要素を持つ存在は、横的につながり、互いに授受しながら存続している。
以上のことから、全ての存在は、原力を生み出すための要素になっていることが分かる。これは、太陽系においては、それに属する全ての存在が、太陽系を維持するために、連帯的な責任を負っているということである。従って、地球の原力作用は、地上の存在のためではあるが、それは、地球自体のためでもあり、太陽のためでもあり、太陽系全体のためでもあるということになる。このように見れば、地球は太陽の影響を受けているが、太陽も地球の影響を受けているということが分かる。
また、地球が自転しながら、太陽の周囲を公転しているように、太陽も自転しながら、どこかを中心として回っている。その中心がどこなのかと言えば、太陽系の外にある別のところである。太陽は、その中心と授受して原力を生み出し、平衡を保ちながら、他の全ての存在と共に、宇宙全体を維持するための連帯的な責任を負っている。従って、太陽の作用は、それ自体と太陽系全体のための作用ではあるが、それは、宇宙の中心のためでもあり、宇宙全体のためでもあると言えるのである。
星は、無限大であるかのような円軌道を回っている。その周期は、非常に長い。しかし、星が中心と授受している限り、原力が無くなることはなく、その軌道を回り続けることができる。対象原理によって、このように考えることができるのである。
全ての存在は、ある対象の中心であると同時に、より大きな中心の対象として、その立場を維持している。それゆえ、地球は、地上の人や万物を対象としながら、太陽の対象としても存続しているのである。また、地球に原力作用が働いていることは、地球の地磁気によって知ることができる。つまり、地球は、磁力線が集中する地軸を中心として、太陽と授受し、原力を得ているのである。
また、地上の存在も、地球と同様に、ある対象の中心として存続していると同時に、ある中心の対象としても存続している。また、地上の存在が、様々な目的に応じることができるのは、各存在が、それぞれ個性を持っているからである。
地上には、生物と無生物が存在しているが、それらも同じ原理によって存続している。ここで、無生物とは何であるのかと言えば、固定存在(発達しない不変の実体)の段階に属しながら、原力作用を受けているものである。無生物には、鉱物のような秩序のある結晶体と、そうではない無秩序な形状のものがある。しかし、その中心となる原力作用は同じであるため、それらの全ては、一つのところ、即ち、神様につながっているのである。
また、生物の中でも微生物は、主に無生物界の原力作用を受けている。しかし、その原力作用は、微生物が寿命になれば無くなるため、その死骸は、地球の物質に帰るのである。
植物の場合、中心は、各個体で異なっている。その中心が定められているときには存続できるが、そうでなければ、原力作用が無くなり、原力が得られなくなるため、地球本体に帰ることになる。従って、植物も、原力の得られる対象の位置でなければ、存続することができない。これは、科学的には解釈し難いことであるかも知れないが、原力によって存続しているということは明らかなのである。
私がここで論じている基本原理では、対象の位置にあるということが重要であり、これを無視すれば、全世界が、破滅の方向に向かうという結論になる。また、この基本原理によって生み出される原力が、生物にとっては、絶対的に必要な生命要素となっている。この要素が無ければ、生物は生存することができず、地球本体に帰らざるを得ないため、これが腐敗の原因であると、判断せざるを得ないのである。
ところで、動物の場合も、存続するためには、原力が必要である。ただし、動物は、植物には無い別の作用によっても原力を得ている。つまり、動物が活動していないときには、地球の原力作用が働いているが、活動しようとするときには、第二の原力作用が働くようになる。この第二の原力作用によって生じる原力は、動物が活動するための基本的な力となる。この力が、地球の原力作用に打ち勝つことができるからこそ、動物は活動することができるのである。つまり、動物は、二つの原力、即ち、地球原力と、それに打ち勝つことのできる目的原力を受けている。
目的原力というのは、目的を果たすための力であり、この力の作用が、活動として現れるのである。また、動物が自由に活動できるのは、目的に応じて、目的原力の作用点を自由に変えることができるからである。これは、完全対象であってこそ可能である。また、目的原力は、定めた一つの目的に作用するため、様々な目的に対して、同時に作用するようにはなっていない。もし、同時に作用すれば、それらの作用は不完全となる。
このように、動物の体には、目的原力が作用することのできる構造がある。つまり、動物は、目的を果たすために、各個体の内部で授受し、それにより原力を得て、活動することができるのである。
今まで人々は、動物の活動に対して、神秘的な見方をしてきたが、この活動というのは、原力による作用である。つまり、動物は、創造目的において、完全対象となっているため、原力が、創造目的を完遂しようとする方向に、動物を活動させているのである。
ところで、人は、地球原力や目的原力の他に、良心原力を受けている。人の心は、この良心原力によって、善と理想の方向に動くのであるが、それは、人の生心が神様の対象の位置に立っているからである。つまり、神様が良心として人の心に作用しているのではなく、神様と生心との授受によって良心原力が生み出され、その力が心に作用しているのである。もし、それに反することをすれば、本来の軌道に戻そうとする良心作用が働き、良心の
ここで、方位磁針を例に挙げれば、方位磁針は、原力によって南北を指すため、これを東西に向けても、結局、原力によって南北を指すことになる。これと同様に、人は、良心原力によって、善に向かうことが原則であるため、この原力に反する力が、人を悪に向かわせようとしても、結局、良心作用が働いて、善に向かわせようとするのである。ところで、昔の人と今の人では、良心の呵責に対して、感じ方が異なる場合がある。それは、人が完成に向かっている途中にあって、感じ方が変化しているからであるが、良心作用を受けていることに変わりはないのである。
良心作用は、人の心に働くものであるが、人の肉体に働いている原力作用は、他の生物に働いている原力作用と同じである。また、人の肉体は、他の生物と同様に、対象の位置を取ることができなければ、地に帰るが、人の良心は、良心の本体である神様のもとに帰るのである。それゆえ、人は、天宙の中心であるという結論になる。
天宙の基本原理は、公式のように秩序の整然とした法則であり、それによって生じた原力が作用して、全ての現象が起こっている。つまり、天宙の全ての存在に、基本原理の構造があり、それが、かたちとして現れているのである。また、天宙の全ての存在は、原力により天宙に配列され、互いに授受し、回転しながら、全体を構成している。これが、神様が創造された天宙の妙味である。また、天宙は、神様の対象存在として、ある目的に向かっているが、その目的を果たすために、全ての存在は、小から大へとつながり、授受しながら、全体に通じているのである。
万物は、人の対象として、人の為になることが目的であり、人は、神様の対象として、神様の為になることが目的である。それゆえ、神様は、人と授受することによって、原力を生み出そうとされるのである。この原力作用は、神様の愛を中心とする作用であるため、人は、神様の愛を受けるために、神様の対象として、その使命を果たそうとする。そのような軌道から外れないようにするのが、良心作用である。つまり、人が求めているのは、神様の愛であり、その愛が、夫婦の愛として、また、子女に対する愛として現れるのである。従って、人は、神様の対象の位置を離れてはならないのである。
人は、神様の愛を中心とし、夫婦として、また、父母として、その目的を果たすことができるようになっている。これは、喜ばしいことである。こうして、神様の愛を中心として授受することのできる地上天国が、実現されていくのである。従って、人は、この地上で最大の努力をしなければならず、また、万物を保護し、愛によって調和の取れた世界をつくらなければならない。
人は、天宙の実相を手本として創造された。これは、私が明らかにした原理である。また、神様に関する問題は、人の良心の働きを知ることによって、論理的に解決することができる。こうして、全ての根本が明らかになるのである。
22-2 原力から見た三位格一体の例
太陽系では、太陽から地球へ、地球から地上の存在へと、原力作用が働いている。このような原力作用の働きを見れば、太陽が主であり、地球は第二の位置にあり、地上の存在は第三の位置にある。ところで、原力作用は、地上の存在から地球へ、地球から太陽へと、逆方向にも働いている。それゆえ、太陽、地球、地上の存在は、
地上の存在は、地球の対象として、地球を中心とする原力を受けていると同時に、その存在自体を中心とする原力を受け、さらに、同じ要素を持つ存在との間でも授受し、原力を受けている。このようにして、地上の全ての存在は、三位格の原力を受けているのである。
無生物は、固定位置で原力を受けている。植物は、無生物と動物の中間であり、位置は固定されているが、原力を受けて、それ自体で成長することができる。動物は、目的原力を受けることができるため、地上で自由に位置を変えて活動することができる。このように、地上には、無生物、植物、動物という三位格の存在形態があり、互いに関係を持ちながら、共存しているのである。それゆえ、地上の存在の原力作用にも、三位格が見られる。つまり、無生物は基礎作用であり、植物は中間作用であり、動物は完成作用である。このように、地上の存在は、三位格の原力作用によって、それぞれの存在目的を果たそうとしている。また、無生物には地球が必要であり、植物には無生物が必要であり、動物には植物が必要であるため、互いに切り離すことのできない関係にある。
人は、地上の存在の中で、完成した最高の形態を持っているが、人が存続するためには、無生物、植物、動物が必要である。つまり、人の肉体は、その三位格によって構成されているため、人は、地上の存在形態を全て兼ね備えた存在であると言える。
また、人は、既に述べた通り、地球原力と目的原力を受けている。我々は、目的原力を受けている自覚はないが、生活の上では、これが、認識と活動の根本となっている。また、目的原力は、良心原力と一つになり、人を善の方向に向かわせる働きをする。このように、人は、地球原力、目的原力、良心原力という三位格の原力が一体となった存在である。
人が成長して、異性と出会い、愛によって一つになれば、子女が誕生する。この事によって、その二人は、第二の創造を果たしたことになり、それ自体が、神様の創造を現したことになる。これを原力によって説明すると、次のようになる。男性を中心とする原力と、女性を中心とする原力が、愛によって一つになれば、そこに神様を中心とする原力が働く。こうして、三位格の原力が一体となったときに、生命が誕生するのである。