10 命の木に対する根本のみ旨
10-1 人が堕落したために命の木の道がふさがれた
エデンの園は、自由と希望の理想世界であった。しかし、アダムとエバが堕落して、神様から離れたため、人には、あらゆる面において、苦痛が伴うようになった。
聖書には、エデンの園の中央に、永遠の命を得ることのできる命の木があったとされている。その木の実は、神様のみ
こうして、神様と人との直接的な関係が切れてしまった。それゆえ、創世記3章24節に、「神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた」と記されているのである。つまり、命の木の実を食べることによって、神様と直接つながるようになるが、神様がそれを防いだため、神様と人との間に、隔たりが生じたのである。
10-2 イエスと聖霊によって命の木の道が開かれた
この隔たりを無くすためには、原理的な存在が現れなければならなかった。その存在が、第二アダムであるイエスと、エバの聖霊であった。使徒行伝2章1節から4節に記されているように、イエスが使命を果たして昇天された後、聖霊が炎のように分かれて現れ、一人一人に降臨したというのは、炎のつるぎが取り除かれ、命の木の道が開かれたということである。従って、我々は、命の木の実を取って食べ、理想である永生を得ることができる。我々には、それが許されたのである。
つまり、命の木とは、第二アダムであるイエスを表すものであり、命の木の実とは、人がイエスの完全な新婦格となることによって得られる永生要素である。