01.【回顧録】原理原本の翻訳

2026.04.07

原理原本は、真のお父様が1951年5月11日から1952年5月10日にかけて直接執筆されたものです。私は原理原本を一目でもいいから拝見したいと思っていました。

ここからは韓国での話です。私は教会と距離を置いていました。教会に対して違和感を覚えるようになったからです。また、統一原理に限界と矛盾を感じながら、今までの信仰とは何であったのかと、深く悩むようになりました。そのような中、2015年11月20日に「文鮮明師がメシアであることを証明せよ」と啓示を受けました。しかし「そんな事、出来る訳がない」と断りました。ところが、その要請を断ることのできない状況に追い込まれてしまいました。というのは、見えない存在が働いている現象を見せられたからです。ここでは、その内容は割愛することにします。結局、私は、その要請を引き受けることにしました。

要請を引き受けたものの、どうしたら良いのか、全く見当がつきませんでした。ある日の夜、寝ようとしてベッドに入ったとき、また啓示が降りてきました。それを忘れないようにしようと、ベッドから出て、慌てて机に向かい、メモをとりました。翌朝、そのメモを見たとき、自分でも何が書いてあるのか、よく分からないほど字は乱れており、また、文章にもなっていませんでした。それで、まず、その内容を思い出すことから、一日が始まりました。その啓示の内容は、宿題を解くためのヒントのような事ばかりでした。「あとは自分で考えるように」と言われている気がしました。そのため、その内容をもとにして、パソコンで色々調べながらメモをとり、啓示の内容に矛盾がないか確認していました。このような事が、毎日のように続いたのです。

それから3カ月を過ぎた2016年2月27日、それまでの事を、20数年ぶりに会った食口、M氏に話してみることにしました。実のところ、見えない存在から、「M氏に会って話をしてみなさい」と言われていたのです。M氏は、私の話を聞いて、最初は「荒唐無稽な話に聞こえる」と言いました。それで、私は少し心配しました。何故なら、教会では聞いたこともない、神々の話をしていたからです。「これで、M氏から嫌われてしまうかも知れない」と思いましたが、私は話を続けました。それは、その話をするためにM氏に会ったからです。私が話し終えると、M氏は「興味深い話だ」と言ってくれたので、少し安心しました。その後、ソウルの上道洞(サンドドン)と黒石洞(フクソクトン)をまわって、真のお父様の足跡を一緒にたどりました。

それからは、M氏と毎日のように連絡をとるようになり、時々会っては、神々の話をしていました。こうして話し合っていると、啓示で受けた内容が、徐々に整理されていきました。そして、それまで理解できなくて曖昧にしていた問題も、明確になっていきました。それは、M氏の質問が、私を刺激していたからです。

「文鮮明師がメシアであることを証明せよ」と啓示を受けてから、毎日のように啓示を受け、約400日が経ちました。そのとき、私の机の上は、メモ用紙だらけになっていました。この大量のメモを、どのようにまとめたら良いのか、見当もつきませんでしたが、メモを見返しているうちに、数日でまとまってしまいました。明らかに、自分の頭だけで出来る事ではありませんでした。こうして、2016年12月30日、骨子となる思想ができ、その文書に『神々とメシア』というタイトルを付けました。しかし、それは、まだ不完全なものでした。

ある日、M氏は、原理原本の写本のテキスト文書がネットに上がっていると教えてくれました。私は、2018年4月22日から、その翻訳を始めました。ところが、それから8カ月を過ぎた2019年1月1日、原理原本の実物のコピーがネットに上がっているのを見つけました。紙は茶色くなっており、そこに直筆の文字が書かれていました。そのような画像が約700ページ分ありました。

私は、先に翻訳を始めた写本のテキスト文書と、後で見つけた直筆の文書を比較してみたのですが、かなり違いがありました。写本のテキスト文書は、明らかにアレンジされたもので、追加された内容もありました。ここで、何故、写本が原本の通りではなく、アレンジされたものになっていたのか、その理由を説明しておこうと思います。

そもそも原理原本は、夢で教示された内容を、急いで書き留めたメモのようなものです。そのため、走り書きの文字のままであり、文章になっていないところが多く、間違いがあっても校正されていません。その上、意味不明の表現や単語が時々出てきます。これを書き写そうとすれば、そのままでは意味がよく分からないので、何とかして意味の通じる文章にするしかありません。従って、写本は、どうしてもアレンジされたものになり、その所々に補足の文章が追加されているのです。正しく編集されていれば良かったのですが、そうではない部分が結構ありました。

また、原理原本には、科学的な内容が多く含まれています。そのため、科学の知識がなければ、理解しながら書き写すことは困難です。幸いにも、真のお父様が電気工学を学ばれたように、私も電気工学を学びましたので、その科学的な内容がよく分かりました。さらに、霊的な内容も結構あるため、それに関する知識も必要です。私が原理原本を知る前に『神々とメシア』を書くことになったのは、神々の存在や霊人などに関する知識が、原理原本の翻訳に必要だったからだと思います。事実、『神々とメシア』がなければ、原理原本を理解することはできませんでした。

私は写本のテキスト文書の翻訳をやめ、直筆の文書の翻訳を始めました。その直筆の文字が乱れていたことについては、容易にその理由が分かりました。何故なら、上述したように、私にも同じような経験があったからです。

翻訳作業をしながら不思議に思っていたことは、何故、私が、韓国人でもなかなか読むことのできない直筆の文字を読めたのかということです。

前に「意味不明の表現や単語が時々出てきた」と言いましたが、それは、方言、造語、異義同音の熟語、中国語由来の熟語などがあったり、一般的な表現ではないものがあったりしたからです。例えば、章のタイトルに「生의 發源은 先有에서부터」とありました。これを直訳すると「生の発源は先有から」となります。しかし、これでは意味が分かりません。ここで「生」は、文脈から「生命」のことだと推測できました。また「発源」は、一般的には「起源」という意味です。また「先有」は、恐らく中国語由来の言葉で「先にあったもの」という意味ですが、文脈から「最初の存在」が適切だと思いました。結局、私は「生의 發源은 先有에서부터」を、「最初の存在が生命の起源」と翻訳しました。実は、たったこれだけの翻訳に、何日もかかったのです。

翻訳には、直訳(原文に忠実に翻訳)と意訳(書き手の意図が伝わるように翻訳)があります。最初は、直訳にすべきだと思っていましたが、しばらくして直訳に限界を感じるようになりました。上記のように、直訳では、意味の分かりにくいところがあったからです。それで、天に問いました。そうしたら「意味が分かるようにして欲しい」との事でした。私は気持ちが少し楽になり、翻訳作業を進めることができるようになりました。その時から「真のお父様は私たちに何を伝えたかったのか」ということを思うようになりました。ある時は、数行の文章の意味が分からなくて、数日間、廊下を行ったり来たりしながら過ごした事もありました。このような事が幾度もあったのですが、不思議と3日目には意味が分かったのです。

翻訳作業は、何度も見直して精査したので、3年以上も経った2021年6月6日までかかりました。それでも、重複している内容、分散している内容、順序通りになっていない内容などがあったため、それらを整理し、章と節のタイトルを付けました。こうして、既に『原理原本』の通りではなくなったため、啓示に従い、その名称を『原理原論』に変更しました。M氏は、以上の作業に、最初から最後まで協力してくれました。

その後、私は、悪戦苦闘しながら、『原理原論』を全てネットに上げました。皆に読んで欲しかったからです。そうしたら、訓読したいので書籍化して欲しいとの要望が複数あり、そうすることに決めました。

私は韓国にいたので、日本の出版社に依頼することも、出来上がった本を受け取ることも、それを発送することも、出来る状況ではありませんでした。ところが、このタイミングで、M氏が日本に移住することになったのです。それで、書籍化を決めました。

書籍化となると、しっかり校正しなければなりません。私とM氏は、数カ月かけて校正し、レイアウトを決め、表紙のデザインを選びました。そのころ、『原理原論』の出版日を、真のお父様が原理原本の執筆を完了された5月10日にしたいと思っていたので、少し焦っていました。出版までには、原稿を送ってから1ヵ月はかかります。タイムリミットが近づいていました。やっと原稿が完成し、出版社に、いつ出来るのか確認しました。すると、ねらった通り、5月10日に出来るとのことでした。発行日が2022年5月10日なので、ぴったり70年です。最近分かったのですが、その発行日は、天では既に決まっていたそうです。

M氏は、予約されていた方々に『原理原論』を発送し、その後も、注文が入るたびに発送してくれました。こうして、1年が過ぎた2023年6月5日、M氏は66歳で亡くなりました。日本に移住したのは、特殊な治療を受けるためでした。それまでは、韓国と日本を往来しながら治療を受けていたのですが、それがかなりの負担となっていたため、日本に移住することにしたのでした。

昨年2025年4月26日のことです。私は翻訳をしていた時のことを思い出し、「一体どなたが教えて下さったのだろう」とつぶやくと、真のお父様が次のように言われました。「先生が全てではないけど、結構教えてきたんだよ。先生も楽しかったんだ。何故か分かるか?」私は「何故でしょう?」と聞きました。そうしたら、「一生懸命に考えてくれる姿を見て、先生も若いときを思ったり・・・、真剣に考えてくれていたから、先生も嬉しかったんだよ」と答えて下さいました。さらに私は「喜んで頂けて良かったです。やりがいがありました。M氏が最後まで協力してくれました」とお伝えすると、「お前が喜ぶよりも、先生の方が数倍も嬉しかったんだよ。皆に知らせようと思ってくれたことが。Mはいい男だ。二人とも孝行してくれたね」と言われ、私は感無量でした。

そして、先日、2026年4月2日、真のお父様は次のように言われました。「原理原本を日本語で伝えなければならなかった。それが何故なのか考えろ。日本語で伝えるためには、韓国人では無理だった。それで、先生が探した。〇〇(私の名)を見て、〇〇に託すことにした。何故、皆が(御言葉を)理解できないのか分かるか。霊界から見ると、お前たちが話していることを、皆が軽く見ているからだ。皆の理解のために、回顧録を残しなさい。〇〇、回顧録を頼んだよ。たわごとではないんだよ。みんなのために。〇〇との絆のために。どのように向き合ってきたのかを。」それで私は、ここに回顧録を書くことにしました。

私が原理原本を翻訳していて、一番心に響いた内容は、「荒野までイエスに仕えた人は、一人もいなかった。その時、イエスをメシアとして仕えた人がいたならば、その人は、神様から一番大きな賞をもらったに違いない」というところでした。神様の御心と、イエス様の孤独な心中を、この世で一番理解されていた方は、真のお父様でした。ところで、真のお父様の心中を理解している方は、この世に何人いるでしょうか。恐らく、真のお父様は、日本の食口たちに、それを求めておられるのだと思います。そして、早く覚醒して欲しいのだと思います。


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