あとがき

今回、『原理原本』の解析結果を、『原理原論』として書籍化する運びとなりました。実のところ私は、生涯において、『原理原本』に出会えるとは、夢にも思っていませんでした。『原理原本』は、文鮮明(ムンソンミョン)師が直接執筆されたもので、『原理講論』の原点であると言われてきました。しかし何故、執筆完了から70年近くも経っているのに、今までその内容が明かされてこなかったのか。そのような疑問を持ちながら、『原理原本』の内容を詳しく調べていましたが、その作業が進むにつれ、それが何故なのか分かるようになりました。

その理由の一つは、『原理原本』が、急いで書き留められた下書きのようなもので、走り書きのままであり、校正されたものではなかったからです。『原理原本』には「人が、夢の中で真理を知り、また、未来のことが分かるのは、感覚が敏感になる就寝中に、神様からの波動を感じることができるようになるからである。このように、夢によって知らされるのである」とあります。つまり、夢の中で、天から原理を教示されたということです。それを忘れないうちに、急いで記録しておこうと思われたはずです。皆さんも、そのような経験はないでしょうか。そうすると、どのようになるでしょう。どうしても、走り書きのメモのようになります。そのため、『原理原本』の表紙には、「速記により、諺文綴字(おんもんていじ:ハングルの正書法)に留意していない」と書かれています。

このようにして記録されたものですから、当然ながら、完全な文書にはなっていません。事実、『原理原本』の中には、誤字脱字、主語や目的語などの脱落、意味不明な文章や単語などの他、誤解を招く表現も数多くありました。さらには、聖書の引用が大まかで、章や節の番号を間違えているところが幾つもありました。つまり、急いで記録しようと、聖書をよく確認することさえ省略されたということです。

『原理原本』が明かされてこなかった、もう一つの理由は、その内容が難しくて、よく理解できなかったからです。これは、上記の理由とは別の問題です。『原理原本』には、科学的な内容が多く含まれていますが、それは科学をよく知る人にとって、驚くべき内容です。例えば、地球は何故、自転を続けているのかという問題に対して、一般的には、「慣性が働いており、その運動を止める摩擦力が無いから」だと言われています。でも、それは本当でしょうか。地球には、水などの流体がありますから、それが摩擦力となっています。つまり、地球に回転力を与え続けない限り、地球の自転は、その摩擦力によって、いつかは止まってしまいます。生卵がコマのように回らないのは、中が流体だからです。『原理原本』では、「地球自体も、太陽のような原力作用を持っている。それゆえ、地球は、自転を続けているのである」とし、さらに、「地球に原力作用が働いていることは、地球の地磁気によって知ることができる」としています。また、『原理原本』には、「物質の要素である電子を熱子とすることで、原理を新しい世界へと進展させることができる」とありますが、熱子というのは、現在でもよく知られていない熱子力学で使われている言葉です。さらに、「光が生じれば、それは、分立したことを示している」とありますが、その光とは、対消滅(ついしょうめつ)することによって素粒子が分立される際に生じる光子(素粒子の一つ)を意味していると考えることができます。他にも、万有引力や万有原力に対する新しい概念が、かなり詳しく述べられていますが、『原理講論』には、万有原力に関してのみ、数行の説明があるに過ぎません。

また、「血統を転換する聖婚式」については、「新郎新婦たちに、神様の体の一部分(生霊体:せいれいたい)を分配して、霊人を完成させる」ものであると書かれています。このような聖婚式の本当の価値は、『原理原本』が解読できるまで分かりませんでした。そして、その価値を理解するためには、霊人体や無形世界の構造を、詳しく調べなければなりませんでした。

以上のような事から、『原理原本』の解析は、困難を極めました。その作業は、2018年4月22日から始めましたが、それをまとめ終えたのは、3年以上も経った2021年6月6日のことでした。単なる翻訳であれば、数ヶ月で終わっていたかも知れません。しかし、翻訳しても理解できないため、最初から最後まで、何度も精査しながら、意味が正確に読み取れるまで、修正を重ねました。その作業は、まるでパズルを解くようであり、たった数行の文章を理解するのに、数日を要したことも度々ありました。また、重複している内容、分散している内容、順序通りになっていない内容などがありましたので、それらを整理し、章と節のタイトルを付けました。既にご理解いただけたと思いますが、『原理講論』の原点であると言われてきた『原理原本』は、『原理講論』の内容と大きく異なっています。

ところで、文鮮明師は、ご自身の理想を地上で実現させることができたでしょうか。残念ながら、できませんでした。しかし、その理想が、三代を通して果たされると、『原理原本』の中で暗示されています。つまり、アブラハム、イサク、ヤコブのようにです。そして既に、二代目と三代目を定めていかれましたので、地上で成すべきことは全て成されたと言えるのではないでしょうか。

また、同師は、晩年、『原理原本』には無いみ言を語られました。例えば、「夜の神様」や「昼の神様」などに関するみ言です。このような内容を語られたのは、さらに深い天の真実に触れられたからだと思います。つまり、『原理原本』には、永遠不変の真理の他に、摂理の進行に伴って更新されるべき内容や、追加されるべき真理があるということになります。

私が受けた天からの要請は、『原理原本』の内容を正しく解釈し、読む人に、その真意が伝わるように、『原理原本』を完成させよ、ということでした。そのために、何度も修正を重ねてきましたので、既に『原理原本』ではなくなりました。従って、天の啓示に従い、その名称を『原理原論』に変更しました。

その内容の中で、一番心に響いたのは、「荒野までイエスに仕えた人は、一人もいなかった。その時、イエスをメシアとして仕えた人がいたならば、その人は、神様から一番大きな賞をもらったに違いない」というところでした。神様のみ意(こころ)と、イエス様の孤独な心中を、この世で一番理解されていた方は、文鮮明師であったと思います。

最後に、天から教示しながら見守ってくださっている方々、ならびに、『原理原本』の解析から『原理原論』の出版に至るまでご協力いただいている村上賢一氏に、心から感謝いたします。『原理原本』の執筆完了からちょうど70年目という意義のある時に、この『原理原論』を出版できることを、とても嬉しく思います。

2022年3月6日

天宙統一思想研究家
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