2 神々と人との関係

2-1 原初の神

図2.1を見てください。原初の神の性質が、4種に展開されたと見ることができます。人には、夜の神、夜の女神、昼の神、昼の女神の性質が、様々な比率で反映されています。つまり、一人の人に、特定の神の性質だけが反映されるということではありません。一生の間に、立場や年齢によって、様々な性質が表れるようになっています。原理原本には、全ての存在に、核体と附体の性質が含まれているとあります。核体とは、能動的存在のことであり、附体とは、受動的存在のことです。

図2.1

原初の神は、ギリシア神話では、カオス(混沌)と呼ばれていますが、既に11次元の存在となっているため、初期の頃とは全く異なる存在になっていると言えます。

真のお父様は、晩年になって、「天の父母は、お一人の神様」と言われました。父母を「お一人」と表現するのは、韓国語に親(子を持つ人)という言い方が無いからです。本来なら、「天の親」と表現すべきかも知れません。ただし、原理原本の執筆当時は、天の父と天の母を合わせて、天の父母とされていました。従って、天の父母という表現は、当初は「天の父と天の母」を表していましたが、晩年には「原初の神」を表していたことになります。

ここで注意すべきことは、真のお父様は、晩年に「夜の神様は男性で、昼の神様は女性である」と言われましたが、これは、実の世界のことを言われたということです。原理原本には、夜の神様、昼の神様という表現は無く、天の父、天の母と表現されているため、それだけを見れば、天の母が、夜の女神であるのか、昼の女神であるのか、或いは、夜の女神と昼の女神の総称であるのかは分かりません。しかし、原理原本には「神様の二女性」という表現があるため、天の母が、夜の女神と昼の女神のどちらも表しているという可能性があります。


2-2 夜の神

夜の神は、「天の父」であり、絶対性の中心的存在です。また、夜の神は、メシアの神であるため、アダム、イエス、真のお父様が、メシアの立場であったときには、夜の神がついていました。それゆえ、真のお父様は、「私は夜の神様の管理を受けて、あなたたちは昼の神様の管理を受けるのだ」と言われました。ただし、前述のように、人には、立場や年齢によって、それに応じた神々の性質が表れます。しかし、これは、神々の管理を受けるということではありません。

人に、夜の神の性質が表れると、状態を向上させることを目的とし、それを何よりも優先します。もし、組織が支障となって、その目的を果たすことができなくなれば、それまでの組織を迷わすに捨て去ることができます。もし、自分が、このように独立した立場を取れば、他の人を主管しようとも、他の人から主管されようともしなくなります。つまり、相手をパートナーであると考え、互いの自由を尊重します。一言で言えば、独立主義です。これを個人主義と表現するのは、利己主義と混同するため、適切ではありません。何故なら、独立主義は、利己主義ではないからです。

夜の神は、創造原理を立てることによって、人の行動には、直接干渉しないことにしました。それは、人が失敗を通して、自ら学び、反省し、成長することによって、人を神の子の位置にまで引き上げようとするためです。それは一見、無責任に見えますが、沈黙して見守ることが、夜の神の愛し方です。しかし、そうすれば、多くの人は脱落してしまいます。そのため、夜の女神の性質が必要になります。


2-3 夜の女神

夜の女神は、「天の母」であり、相対性の中心的存在です。しかし、実の世界では、その存在を認められてきませんでした。それは、昔から、多くの人々が善悪の二元論に陥っていたためです。つまり、男神が善なら、女神は悪であると思い込み、調和という思想には至らなかったということです。

人に、夜の女神の性質が表れると、組織や関係性の現状維持を、何よりも優先します。そのために、自由を制限して、他の組織の人と接触させないようにすることもします。それは、人が幼ければ、やむを得ませんが、人は成長するにつれて、自由にさせなければなりません。過保護にすると、人は成長することができなくなります。また、状態が向上することによって、組織や関係性が変化すると分かれば、状態が向上することさえも否定します。このように、組織や関係性を現状維持するために、全てを完全に主管しようとします。一言で言えば、支配主義です。その勢力が強くなれば、必然的に、支配層と被支配層が現れるようになります。

夜の女神の性質が良く表れれば、良き保護者となりますが、過剰になれば、支配者となります。しかし、それが、夜の女神の愛し方です。組織化することは必要ですが、ある程度の自由を認め、人を成長させなければなりません。そのためには、夜の神の性質が必要になります。


2-4 夜の神と夜の女神の葛藤

既に1.13で説明しましたが、陽子と反陽子が対消滅することによって、陽電子と電子が生み出されると同時に、陽子と反陽子は、それぞれ原子核、反原子核となりました。この対消滅は、1.18で説明した通り、夜の神と夜の女神にとっては、結婚を意味します。つまり、原初の神の息子と娘である夜の神と夜の女神が結婚することによって、昼の神と昼の女神が生み出されると同時に、夜の神と夜の女神は、それぞれ天の父、天の母となりました。それは、図1.13.2に示した通りです。

図1.13.2に同じ

対消滅は、同格で同じ質量の粒子と反粒子によって起こります。つまり、夜の神と夜の女神は同格であり、互いにバランスをとっていたので、結婚することができました。

ところが、図1.13.4のように、夜の神は、娘である昼の女神と関係を持って、二代王をもうけました。これは、夜の神が、夜の女神を裏切ったように見えます。絶対性の中心である夜の神にとって、これは、創造を進める上で、当然の事でした。しかし、相対性の中心である夜の女神にとって、これは、裏切り行為でしかありませんでした。そのため、夜の女神も、夜の神と同じ事をして、別の世界を築くことにしたのです。こうして、夜の女神も、息子である昼の神と関係を持って、二代女王をもうけました。これは、夜の女神が、夜の神を裏切ったように見えます。ここから、夜の神と夜の女神の葛藤が始まり、大喧嘩になりました。これが原因となって、天使や人間の世界においても、夜の神側と夜の女神側に分かれるようになり、現在もその戦いが続いています。それが、絶対性と相対性の葛藤、つまり、独立主義(自由主義)と支配主義(全体主義)の対立です。

図1.13.4に同じ

原理原本では、ヤコブの二人の妻、レアとラケルを指して、「神様の二女性」と表現しています。つまり、ヤコブ、レア、ラケルの関係は、夜の神、夜の女神、昼の女神の関係を再現したものだと言えます。ただし、ヤコブは、レアに対する葛藤を、乗り越えなければなりませんでした。


2-5 昼の神

昼の神は、「天使長」の位置であり、絶対性の対象的存在です。また、最初の昼の神であるルシファーは、夜の神の弟という立場となりましたが、ミカエル以降の昼の神は、夜の神と夜の女神の息子という立場となりました。祝福を受けた男性の生霊体は、昼の神の位置から来ました。原理原本を見れば、再臨主である真のお父様から生霊体を受けることが、祝福を受けるという意味であることが分かります。

人に、昼の神の性質が表れると、基本的には、夜の神と同じ独立主義のように見えますが、方針は中心的存在に従います。つまり、中心的存在から与えられた自分の使命を果たそうとします。しかし、陽電子が反原子核と結びつくように、昼の神は夜の女神の影響を受けるため、仲間を組織的に主管し、保護しようとする一面もあります。


2-6 昼の女神

昼の女神は、「聖霊」の位置であり、相対性の対象的存在です。また、最初の昼の女神であるガイアは、夜の女神の妹という立場となりましたが、ガブリエル以降の昼の女神は、夜の神と夜の女神の娘という立場となりました。祝福を受けた女性の生霊体は、昼の女神の位置から来ました。原理原本では、聖霊(昼の女神)をエバの神としています。

真のお父様は、「あなた達は昼の神様から来た、お母様も昼の神様から来た」と言われました。つまり、真のお父様が夜の神の立場で、真のお母様が昼の女神の立場であるなら、真のお父様にとって、真のお母様は、妹の立場、または娘の立場、或いは、その両方の立場であるということになります。

人に、昼の女神の性質が表れると、基本的には、関係性を維持するために、全体主義を取るようになり、方針は中心的存在に従います。しかし、電子が原子核と結びつくように、昼の女神は夜の神の影響を受けるため、男性格の中心者に、より従う傾向があります。また、コミュニケーション能力を発揮して、情報を集め、よく比較検討します。


2-7 父と子と聖霊

既に説明しましたが、図1.12は、陽子と反陽子が対消滅する前、即ち、原子核と反原子核になる前の状態です。これは、夜の神が、まだ天の父になっていないことを表していますが、万王の王にとっては、夜の神が父となります。ここで、万王の王とは、メシアになる前の位置を意味します。

図1.12に同じ

図2.7に示したように、父と子と聖霊は、夜の神、万王の王、昼の女神のことです。既に1.18で述べましたが、夜の神と昼の女神は、一時的に関係を持ったのであり、互いに同格ではなく、世代が全く異なるため、永遠の夫婦になることはできません。それゆえ、真のお父様は、「夜の神様昼の神様の結婚式はありません。その大きな事件を先生が知りました」と言われました。

万王の王は、他の原子とは異なる軽水素のように独り子であり、万王の女王も同様に独り娘です。真のお父様には兄弟がいますが、真のお父様だけ、父親が異なるため、万王の王と同様に、独り子であると言えます。

図2.7

アダムについては、人間の創造過程を説明しなければなりませんので、別のところで説明します。イエスの父親はヨセフではなく、母親(マリア)の親戚のおじ(ザカリア)です。再臨主の父親も同様に、母親である金慶継(キム・キョンゲ)忠母様の親戚のおじ(忠母様の夫のおじ)である文潤国(ムン・ユングク)氏です。

万王の王の立場にあった人物は、次の段階では、メシアとして、夜の神の位置につきました。


2-8 アダムとエバと天使長

ヨハネによる福音書16章12節から13節に、「わたしには、あなたがたに言うべきことがまだ多くあるが、あなたがたは今はそれに堪えられない」とありますが、真のお父様が晩年に語られたみ言が、正に、それに当たるかも知れません。では、次のみ言の意味を考えてみましょう。「エバは神の弟にまたがった。そしてアダムの年下の従兄弟が事態を逆さまにしてしまった。」

図2.8を見てください。原初の神を天の親と表示することにします。それは、真のお父様が晩年に「天の父母は、お一人の神様」と言われたからです。アダムの神は、夜の神(天の父)です。アダムは、メシアとしては知られていませんが、位置としてはメシアです。リリスは、聖書外典において、アダムの最初の妻とされる女性です。リリスは主張を譲らない女性で、アダムとよく喧嘩をし、結局、アダムのもとを去ったとされています。サマエルは、アダムの年下の従兄弟だとされる男性です。サマエルは、エデンの園に棲んでいた蛇であったとされ、エバを誘惑した者であり、また、アダムと離婚したリリスと結婚していたとされています。従って、サマエルは、昼の神の筆頭で、夜の神の弟であるルシファーの立場であったと言えます。エバは、アダムの3番目の妻とされている女性で、とても若く、アダムとは世代が異なりました。つまり、アダムとエバには、親子ほどの年齢差がありました。ちなみに、アダムの2番目の妻は、ナーマとされていますが、それについては、別のところで説明します。

図2.8

サマエルは、エバの話し相手になっていました。従って、エバは、サマエルの影響をかなり受けていたと考えられます。サマエルが、エバをその気にさせたのかも知れませんが、積極的だったのは、むしろエバのほうでした。それが、「エバは神の弟にまたがった」という意味です。結局、アダムの弟分のサマエルが、先にエバと関係を結んでしまいました。それが、「アダムの年下の従兄弟が事態を逆さまにしてしまった」という意味です。

また、既に述べた通り、「私は夜の神様の管理を受けて、あなたたちは昼の神様の管理を受けるのだ」というみ言は、図2.8に示したように、第三アダムである真のお父様の神様は夜の神であり、私たちの神様は、男性であるなら昼の神、女性であるなら昼の女神であるという意味です。ただし、真のお父様が、地上ではメシアとして、夜の神の管理を受けられていたとしても、メシアとしての使命を終え、聖和されたので、私たちと同じように、昼の神の位置に居られます。つまり、霊的には、私たちの兄のような立場に立たれています。これは、十字架の後のイエス様もそうでした。そのため、原理原本には、「再臨主を迎える人々は、今後、イエスを兄としなければならない」と書かれています。

図2.8に示したアダム、エバ、サマエルの関係は、イエス様、マグダラのマリア、イスカリオテのユダの関係でもあり、また、真のお父様、祝福を受ける女性、祝福を受ける男性の関係でもあります。マグダラのマリアとイスカリオテのユダは、愛人関係でしたが、イエス様は、イスカリオテのユダからマグダラのマリアを取り上げて、愛人のようにしました。これは、メシアがエバの立場にある女性を復帰するためには、堕落と逆の経路によって、復帰しなければならなかったためです。また、祝福というのは、エバの立場にある女性が、先にメシアと関係を持って復帰された後、天使長の立場にある男性と結婚するという過程を経るものです。祝福を受けた私たちは、聖酒式や三日行事によって、それを象徴的に行いました。しかし、二世は、その過程を必要とはしません。何故なら、一世が、その過程を完了させたからです。


2-9 神様の二女性

既に述べた通り、原理原本に書かれている「神様の二女性」は、夜の女神と昼の女神を表しています。ここでは、それについて、少し詳しく説明します。

図2.9.1に示したように、アダムは万王の王の位置に、リリスは万王の女王の位置に生まれました。二人は同格です。

図2.9.1

アダムとリリスは、大人になって結婚し、夜の神と夜の女神の位置につきました。それを図2.9.2に示します。エバは、アダムやリリスと世代が違います。つまり、エバは、後に創造された女性です。

図2.9.2

ここで、聖書を見てみましょう。創世記1章27節には、「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された」と記されています。続いて創世記2章7節には、「主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた」とあり、さらに2章22節には、「主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた」と記されています。従って、創世記1章と2章に登場する女性は、同一の人物ではありません。つまり、創世記1章の女性はリリスであり、2章の女性は、後に創造されたエバであるということになります。

摂理の中心人物となる男性が、夜の神の立場に立ったとき、必ず、夜の女神と昼の女神に該当する女性が現れました。そして、その女性たちとの関係を避けることはできませんでした。何故なら、これが法則だからです。


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