08. イエス様の13歳以降の路程と教え(3)
2025.06.03
前回の続きです。
―――ここから―――
イエスは説きました。
「隣人に善を行なうことは、永遠の霊と速やかに一体となる確かな手段です。こうして本来の純粋を取り戻した人は、最期の時に、罪の赦しを得るでしょう。神の威光に目を合わせる資格を持つでしょう。」
真の神に仕える人イエスは、異教徒の土地を過ぎながら、次のように説きました。
「目に見える神々を崇めることは、自然の法に背くことです。何故なら人間は、神の姿を見ることを許されていません。それにもかかわらず、人は永遠なる神に似せて、多くの偽の神々を作りました。石や金属を使って、人が作った動物像や物体の下に、純一なる神の栄光を置くことは、人の良心にも背いています。永遠の法を与えるものは、ただ唯一の神のみです。この神を除いて、他に神はありません。神は、この世を誰とも分かち合うことはなく、その計画を誰かに知らせることもしません。父が子を裁くのは、慈悲の掟によります。人の死後、神は、正にそのように、慈悲の掟に従って人を裁きます。煉獄(れんごく:天国と地獄の間)で、霊魂を獣に転生させるなどというはずかしめを、父が子に与えるはずがありません。」
創造の主は、イエスの口を借りて言いました。
「天の法は、人を、彫像や動物の犠牲に捧げることを許しません。何故なら、天の主、私は、動物はもとより、地にある全てを人の下に置き、人に委ねたのだから。全てのものは、人に捧げられています。人は、天の父に、直接、親しく結び付けられています。それゆえ私は、私から子を奪おうとする者を、神の掟によって厳しく裁き、罰するでしょう。永遠の裁き主の前で、人は取るに足りないものです。人の前で、動物が取るに足りないものであるように。それゆえ私は、あなたがたに告げます。偶像を捨てなさい。あなたがたの父から、あなたがたを切り離す儀式を行なってはなりません。偽りの祭司に近づいてはなりません。この者たちは、天国に入ることを拒まれているのです。何故なら、真の神から、あなたがたを遠ざけたのは、この者たちだから。この者たちの迷信が、あなたがたの魂を堕落させ、道徳感を失わせてしまったのです。」
イエスの言葉は、彼が旅する国々、異教徒たちの間に広がり、人々は偶像を捨てるようになりました。祭司らは、真実の神の名を称えるイエスに、公衆の前で論証することを強制しました。イエスが、祭司を非難し、偶像を崇めるのは愚かなことだと言っていたからです。イエスは言いました。
「もし、あなたがたの偶像や動物が強い力を持ち、本当に超自然的な働きをするのなら、彼らに命じて、私を地面に打ち倒させてみなさい。」
すると、祭司は反論しました。
「もし、我らの神々が、おまえの神に愚かに見えるなら、おまえの神に奇跡を働かせ、我らの神々を打ち壊してみよ。」
しかし、イエスは、こう答えました。
「私たちの神の奇跡は、天地創造の最初の日から働いています。奇跡は日々、ひと時も休まず起こっています。それを見る心のない者は、この最も美しい贈り物から遠ざけられている、哀れな人々です。そして、神の怒りが向かうのは、石や金属や木のかけらで作られた、命のないものにではありません。それを作った人間たちにです。救って欲しいと思うなら、作った全ての偶像を、壊してしまわなければなりません。石や砂粒と同様に、人の目から見れば、偶像は無価値です。ただ、いつか人が取り上げて、利用してくれるのを、辛抱強く待っているだけです。それと全く同じように、人もまた終わりの日の裁きのとき、受け入れてくださる偉大な神の恵みを待っています。しかし、あなたがたには禍(わざわい)があるでしょう。あなたがたは人間の敵です。あなたがたが待っているのは、恵みではなく、神の怒りです。神の力を試そうとして、神に奇跡を期待するあなたたちに。神が怒って滅ぼそうとしているのは、偶像そのものではありません。それを作った人間たちです。彼らの心臓は永遠の火に滅び、引き裂かれた肉体は、飢えた野獣の餌になるでしょう。神は、その支配する群れの中から、汚れたものを追い払われます。しかし、神から授かった内面の霊性に気づくことができずに、迷ってしまった人たちなら、神は、もう一度取り戻そうとされるでしょう。」
異教徒たちは、イエスの激しい言葉の前に無力な祭司を見て、ますますイエスの言葉を信用するようになりました。そして、神の怒りを恐れ、偶像を粉々にしました。祭司らは、民の仕返しを恐れて、急いで逃げてしまいました。イエスは更に異教徒たちに教えました。
「永遠の霊を自分の目で見ようと、骨を折ってはなりません。自分の目ではなく、心でそれを感じるようにしなさい。また純粋な魂によって、永遠の霊の恵みにふさわしい自分になるよう努めなさい。人を犠牲に供えてはなりません。それだけではなく、どんな生き物も供物として捧げてはなりません。何故なら、存在する全ては、人のために創られているのですから。あなたの隣人から何も盗んではなりません。隣人が額に汗して得たものを奪ってはなりません。誰も欺いてはなりません。あなたが欺かれないように。最後の裁きの日の前に、あなた自身を義とするように努めなさい。その日が来てからでは遅すぎます。放蕩に身を委ねてはなりません。神の掟に背くことだからです。至上の幸福は、身を清く保つことによって得られます。それだけではなく、他人を導き、本来の姿に完成させることも同様です。」
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本文には「永遠の霊を・・・心でそれを感じるようにしなさい」とあります。ここでいう「永遠の霊」というのは、前回の内容から、「神様」であることが分かります。つまり、イエス様は「心で神様を感じるようにしなさい」と言われたのです。
ところで、真のお父様は、「心で神様を感じる」ということに関して、もっと具体的に述べておられました。原理原本には、次のように記されています。
「人は、物質的な肉身のほかに、万物には無い生心を持っている。この生心によって、良心が作用し、永遠に善に向かおうとするのである。そして、この生心の成長に伴って、霊体が完成し、それが土台となって、生命体と生霊体が完成すれば、直接、神様の指示に従うようになっている。」(原理原論2.3 P25参照)
「神様は、創造原理の完成基準を超えた人を、直接主管しようとされた。」(原理原論32 P281参照)
また、真のお父様は、晩年に、「あなたたちは昼の神様の管理を受けるのだ」と言われました。つまり、私たちは昼の神様の主管を受けるべきであり、そのようになることが、神の直接主管圏に入るという意味だ、ということになります。
しかし、これは、教会に所属している限り果たされません。何故なら、アベル役の存在が、神の直接主管を妨げるからです。つまり、教会は、神様を感じることのできる心を覚醒させないように、邪魔をしているのです。それゆえ、真のお父様は、次のように言われました。
「統一教会を解体しなければなりません。私が、自分が解体してしまわなければなりません。」(589-149 2008年5月14日)
そうしなければ、完成段階に進めないのです。宗教の時代は、もう終わりました。生心(魂)の成長を希望される方は、教会を離れ、昼の神様と直接的な関係を築いてください。それが、イエス様と真のお父様の御心だと思います。