05. 【天啓】弥勒の世の到来を告げる

2025.04.05

今回は、皆さんに重要なメッセージをお伝えします。


――ここから――

弥勒(みろく)の世の到来を告げる

弥勒(みろく)とは、再臨主である。
そのお方は、ご自身の使命を果たされ、既に昇天された。
その使命とは何であったのか。
人々の生活を豊かにすることであったか。
この世の戦いを無くすことであったか。
それらは地上の人々が解決すべきこと。
どうしても人の力ではできないことがあった。
それは、目には見えない悪の頭(かしら)を改心させること。
さるお方が、それを成就されたのだ。
それゆえ、頭(かしら)を失った悪の勢力は、徐々に衰退していった。
彼らが消えるのも時間の問題となった。
この世が一転するゆえ、混乱は避けられないが、必ず地上天国は実現する。

さるお方は、地球では計り知れない涙を流された。
その涙を、誰が知っているだろうか。
さるお方は、神様とイエス様の孤独な心中(しんちゅう)を、誰よりも知っておられた。
そして、ご自身も、その孤独な道を行かれたのである。
さらに、イエス様も行けなかった未踏の道を、初めて、この方が行ってくださった。
神様の魂を持っておられたゆえ、神様の御心(みこころ)をご存じだったのである。

その道は、摂理上の人物たちが経験したことを、ご自身が全て経験してみなければならないというもの。
その上で、未踏の道を行かなければならなかった。
それは、人の考えをもっては、到底理解できるものではない。
それゆえに、さるお方は、世間から多くの非難を浴びた。
そのお方は、イエス様の子孫であられる。

ここで、真実を述べておかなければならない。
イエス様は、十字架で亡くなってはいなかった。
槍(やり)で突いた兵士が、急所を外したからである。
何故そうしたのか。
その兵士が、イエス様を信じていたからである。
そのような兵士がいたことを、覚えておいて欲しい。

このように、さるお方にも、生死を分ける出来事があった。
それを知っている方もおられるであろう。

ところで、イエス様は、その後日本で過ごされた。
そして、イエス様の長男が、半島に渡った。
その子孫が、百済王族である。

百済は、高句麗に攻められそうになっていた。
たとえ攻められても、当時の百済王である蓋鹵王(がいろおう)の血統を絶やしてはならなかった。
そのため、蓋鹵王(がいろおう)は、妊娠していた后(きさき)を日本に送ることにした。
その任務を引き受けたのが、蓋鹵王(がいろおう)の弟である昆支王(こんきおう)であった。

その船団は、大阪を目指していた。
しかし、途中の加唐島(かからしま)で王子が生まれた。
その王子は、島で生まれたので、嶋君(しまぎみ)と呼ばれた。

その一行は、河内飛鳥(かわちあすか)の地に定着した。
昆支王(こんきおう)が父親代わりとなって、嶋君(しまぎみ)を育てた。
のちに、半島の百済王族は、高句麗に滅ぼされてしまった。
それゆえ、半島で、新たな国造りを始めなければならなかった。
昆支王(こんきおう)の息子が半島に渡り、二十四代百済王となった。
続いて、嶋君(しまぎみ)が半島に渡り、二十五代百済王となった。
日本生まれのこの二人によって、百済は再興した。
こうして、蓋鹵王(がいろおう)の長男である嶋君(しまぎみ)が、イエス様の血統を継いだのである。
その子孫が、さるお方である。

昆支王(こんきおう)は、現在も飛鳥戸神社(あすかべじんじゃ)に奉(まつ)られている。
彼が嶋君(しまぎみ)を守らなければ、さるお方を地上にお迎えすることはできなかった。
飛鳥戸神社(あすかべじんじゃ)を訪れて、彼の功績を称えて欲しい。

ここで、大切なことをお伝えしたい。
それは、さるお方の教えである。

その中で、一番根本的な教えは、「人の魂は神様から来て神様に帰る」ということ。
言い換えれば、人の魂は、神様の息子、娘であり、地上で修行を終えれば、魂の故郷である天国に帰ることができるということである。
これが、仏教でいう解脱(げだつ)に当たる。

次の教えは、「人の体は神様の体である」ということ。
つまり、神様の息子、娘である我々の本質は魂であり、今まで人の体を借りて、地上で修行をしてきたのである。
何故、地上で修行をしなければならなかったのか。
それは、愛を学んで、魂を成長させるためである。

次の教えは、「良心に従って生きよ」ということ。
それは、自分の魂の導きに従って生きるということである。
このように生きていけば、自分の体が経験したことによって、魂を成長させることができる。
皆がそのようにすれば、天の御心(みこころ)通りに生きるようになり、この地上に天国を築くことができるのである。
もし、違和感を覚えることがあれば、それは、良心からの警告であることを知っていて欲しい。

これらの教えは、さるお方が書かれた記録の中にあった。
その記録の中には、他に、聖書のこと、人類歴史のこと、理想世界のことなども記されている。
しかし、それは、70年間も明らかにされてこなかった。
その理由は、よく理解できなかったからであり、また、宗教には不都合だったからである。

ここで、重大な事をお伝えする。
弥勒(みろく)の到来をもって、宗教の役割は終わった。
それゆえ、さるお方は、「宗教は必要ない」と言われたのだ。
それは、アダムが堕落する前の世界を復帰するためである。
それを理解した人から、宗教を離れて欲しい。
教団を守ることが、信教の自由を守ることではない。
むしろ宗教を離れたほうが、教団や教派による葛藤も無く、自由に信仰でき、自由に真理を探究することができる。
そして、皆が円満に暮らせるようになるのだ。
これ以上、宗教二世を苦しめないで欲しい。

最後に、皆にお伝えしたいことがある。
さるお方を疑っていた人や、批判をしていた人は、恐れないで欲しい。
そのお方の愛は、計り知れないほど大きいのだ。
だから、皆、悔い改めて欲しい。
そうすれば、さるお方は、「ご苦労だった」と慰労(いろう)してくださるであろう。
善のお役目も、悪のお役目も、魂の成長のためにあったのだ。
だから、互いに慰労して、感謝しよう。
弥勒(みろく)の世が始まったのだ。
めでたい、めでたい!

2025年1月29日

――ここまで――

以前のブログでは、イエス様は十字架のあと日本に来られていたのであり、イエス様の長男が日本から半島に渡って行った、というところまでを説明しました。今回のメッセージでは、そのような内容を含め、さらに、その後の事までも述べられています。

このメッセージを受け入れることができた方は、何度も声に出してお読みください。波長が合えば、心が目覚めると思います。

このメッセージを、伝えるべき人たちに伝えてください。

追記:
ある霊団の方々が特に伝えたいことは、下記の通りです。
「我らは、体を失った事を至極残念に思う。体を持って自ら改められる事が、どれ程幸いな事であったか。皆が幸いである事を、皆に知らせたい。地上に体のある事が、どれ程幸いであるかを知らせたい。」(2025.3.19 AM5:20)
ここで、ある霊団の方々とは、イエス様のご子孫であり、再臨主のご先祖様であられる霊団の方々です。6世紀に日本に仏教を伝え、弥勒の到来を切望しておられました。