04. 「蘇生期、長成期、完成期」という表現の違和感
2024.08.22
原理講論の「成長期間の秩序的三段階」というところを見ると「すべての被造物が完成するに当たっても、その成長期間は、蘇生期、長成期、完成期の秩序的三段階を通じてのみ完成するようになる」とあります。では、完成期の中で完成するのでしょうか、完成期を超えて完成するのでしょうか。
また、原理講論の「間接主管圏」というところを見ると「万物は原理自体の主管性、または自律性により、成長期間(間接主管圏)を経過することによって完成する。けれども、人間は原理自体の主管性や自律性だけでなく、それ自身の責任分担を全うしながら、この期間を経過して完成するように創造された」とあります。つまり、完成期を超えて完成するということです。このように、完成期を超えた4段階目、即ち「神の直接主管圏」に入って完成です。
でも「完成期を超えて完成する」というのは、表現が変ではありませんか。これは「完成期」というネーミングに問題があるからです。「蘇生期、長成期、完成期」というのは独特の原理用語であり、一般的には「創成期、成長期、成熟期」といいます。つまり、原理でいう「完成期」とは「成熟期」のことです。
次に、「長成期」に関してですが、韓国語で「長成」とは「成長して大人になる」とか「発展して大きくなる」という意味です。でも韓国では、日常で「長成」という言葉を聞いたことがありません。韓国で日常的に使われるのは「成長」という言葉です。端的に言えば、韓国語の「長成」も「成長」も、同じような意味です。一方、日本語で「長成」とは「長生き」という意味ですので、原理用語の「長成」とは意味が違います。なので、日本語で表現するなら「長成期」ではなく「成長期」が適切なのではないかと思います。
最後に「蘇生期」に関してですが、韓国語で「蘇生」とは「死にかかって生き返る」という意味です。日本語では「一度死亡した、あるいはそれに類する状態になった人間が再び生命を取り戻すこと」です。つまり「蘇生期」とは「生き返る期間」だということになりませんか。この事に違和感を覚えたことはありませんか。
原理原本にも「蘇生」という表現が使われていますので、原理講論では、その表現をそのまま引用したということになります。では、真のお父様は、どのように考えて「蘇生」と表現されたのでしょうか。そのヒントは、原理原本の次の内容にあります。
「唯一である神様が、多くの人や万物を創造されたということは、それらが無形世界から有形世界に展開されたということである。つまり、神様は、無形世界を現す影として、有形世界を発展させようとされたのである。」(原理原論1.5 P20参照)
つまり、原理でいう「蘇生」とは「無形世界の人や万物が、有形世界で生まれること」です。それを人に関して簡単に言えば「霊人が肉身を得ること」だということになります。これについて、原理原本には次のように記されています。
「神様が、その霊人に肉身を与えられたのは、肉身を土台として、霊人を完成させるためである。」(原理原論3.1 P29参照)
統一原理を学んだ皆さんは、肉身が霊人体を繁殖すると思っていませんでしたか。それは、原理講論の「霊人体の構成とその機能」というところに、次のように書かれているからです。
「霊人体は肉身を土台にしてのみ成長できるように創造されたので、霊人体の繁殖はどこまでも肉身生活による肉身の繁殖に伴ってなされる。」
この原理講論の肉身ありきの解釈は、原理原本の霊人ありきの内容とは異なります。さらに、原理講論にある霊人体の解釈も、原理原本とは異なります。つまり、原理講論の「肉身と霊人体との相対的関係」の説明では、人は霊人体と肉身から成り、霊人体は生心と霊体から成っているとしていますが、原理原本(原理原論2.3 P25、4.3 P31、7.6 P55参照)では、人は霊人と肉身から成り、霊人は生心と霊人体から成り、霊人体は霊体と生命体と生霊体から成っているとしています。この原理原本の内容は、天宙統一思想の第4章「有形世界と無形世界」の説明を読むことによって、さらに明確に理解することができるようになります。
結論を言いますと「霊人体の繁殖はどこまでも肉身生活による肉身の繁殖に伴ってなされる」というのは間違いです。今からでも、霊界の研究をしてみてはいかがでしょうか。
以上のように、原理原本の内容を知れば「蘇生」の意味が分かるようになります。でもそれは、一般的な「蘇生」の意味とは異なりますので、区別して理解しなければなりません。