10. 善とか悪とかいうものは、いったい何なのか

2023.12.18

原理講論の総序には、内的な無知、即ち、霊的無知の内容が記されています。その最後には、次のようにあります。

「善とか悪とかいうものは、いったい何なのか」

この霊的無知を克服するためには、まず、二元論的思考から離れなければなりません。二元論的思考とは、例えば、あの人は善人なのか悪人なのか、こちら側なのかあちら側なのか、正しいのか間違っているのかなど、すべてを自分の判断で、どちらか一方に振り分けてしまう考え方です。これを「レッテルを貼る」と表現することがあります。つまり、白か黒、右か左、あるいは、ゼロか100であり、それ以外の事が考えられません。このような二元論的思考においては、自分は正しく善であり、自分に対峙している相手は間違っていて悪である、という考え方になってしまいます。

こうして、相手に敵愾心を持ち、相手をやっつけようとしたり、そうでなければ、完全に無視したりします。こうなれば、論理的な会話ができません。

教会では、気に入らない人をサタン呼ばわりしたり、そのような人に近づくなと言ったりしていませんか。原理原本には、「サタンに近づくな」と言えば、人がサタンよりも劣る立場になってしまう、とあります。つまり、人を子供扱いしているということです。

量子論が発表されたとき、それまで相対性理論を信奉してきた学者たちは、量子論はありえない理論であり間違っていると言って、それを否定しました。つまり、相対性理論こそ正しく、量子論は間違っていると主張しました。でも、その後、量子論は立証され、今では、当たり前のようになっています。結論を言えば、相対性理論も量子論も間違っていません。ただ、取り扱っている領域が異なっているだけです。つまり、全ての事象は、多元的だということです。全てには、多元性があります。まず、それを認めることから始まります。

以上のように、人の判断には確定性がありません。相手を悪人だとしても、相手から見ると、自分が悪人になります。以前、正しかったことも、時を経れば、間違いになる場合があります。また、嘘だと思っていたことが、あとで真実だと分かることもあります。

善悪の基準は、人によって違います。しかし、善悪の判断を、人ではなく、天宙の仕組みにゆだねれば、明確な基準が見えてきます。次の動画をご覧ください。それらは、原理原本と天宙統一思想によって解明されたものです。

善悪とは何か 1. 感覚と感情の段階

善悪とは何か 2. 理性と心の段階

善悪とは何か 3. 魂の段階

善悪とは何か 4. 神様の原理の段階